サイコソフィアのVEFL, LFEV, LEFV, VFELについてのまとめです。
機能1,4(結果の側面) LとV
機能2,3(プロセスの側面)FとE
このセクスタは、建設的な方法で人間としての自分自身と向き合いながら、環境の構造をデザインし、ヒエラルキーを作り、アイデアを実現することに意識を向けています。既存の分野を磨き上げ、発展させることに集中する一方で、新しく興味深い取り組みを始めることも怠りません。
このセクスタは、第3セクスタと同じような目標を持っています。懸命な努力によって地位や富、快適さを手に入れたいと考えており、それを達成するためなら悪行に手を染めることも厭いません。彼らはポジティブな感情を好みますが、どちらかというと控え目な感情表現をするタイプです。
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VEFL(トルストイ)
1V
VEFLは、人と人を結び付け、コミュニティにポジティブな感情的ムードを作りたいという願望を持っています。そのため、様々なパーティやお祝いを主催します。愛と平和についての哲学的な考えを持っており、愛する人との深い結びつきを求め、自分の婚約者に対して感情面のルールに同意するよう要求します。彼らは非常に思いやりがあり、日常の様々なことに対して利他的なほうですが、時の彼らの思いやりは、相手に対する肥大した過保護さとして表れることがあります。困難なことがあってもVEFLはあまりめげません。彼らはトラブルへの抵抗力が強い人々です。
2E
VEFLは、自分が注目の的になることを夢見ています。周りの人々を上手く喜ばせることで、自分のそばに人を集めます。恋愛における嵐のような予測不可能な感情を、他人の感情をコントロールするための最も繊細なツールとして使用することもあります。VEFLは感情を正確にコントロールすることができます。彼らを失望させるのは非常に危険です。VEFLは他人に対して厳しい態度をとることもできる人ですが、彼らは、価値がないと判断した人のことを、厳しい態度をとってもいい相手だと見なすことがあるためです。
3F
VEFLは、物質的な面には強いこだわりがあります。服の趣味が洗練されており、自分の趣味に他人も従うべきだと考えているようなところがあります。非常にきれい好きで、一般的には「ちゃんと掃除している」と見なされるような家であっても我慢できなかったり(例:ほんの少しホコリが残っているのが気になる)、それ以外でもカフェのコックやウェイターに対して苦情を言ったりと(例:品質に満足できなかった物を返品したがる)、他人に細心の注意を払うよう要求するタイプです。VEFLはスポーツを好みます。そして恋愛では、パートナーの肉体的な側面をとても評価します。
4L
VEFLは、論理には全く無頓着です。自分の欲求や価値観に反していなければ、自分にとって合理的と思われる議論を喜んで受け入れます。「聞くだけ聞いて、自分のやり方でやってみる」というのが彼らの典型的な原則です。
特徴
VEFLは、強い意志と情熱的な表現力が調和し、人を引きつけるカリスマ性に満ちていることです。目的意識が明確で、自分の信じる道を突き進む姿勢が目立ちますが、細かな分析や現実的な課題にはあまり重きを置かない傾向があります。このバランスが、彼らの個性を独特のものにしています。
強い目的意識と決意によって突き動かされ、周囲を自分のビジョンに引き込む力を持っています。何かを成し遂げる際には、目標達成に向けて全力で進む姿勢があり、逆境にも屈しません。しかし、他者の意見や反対意見に耳を貸さず、独断的になってしまうことも少なくありません。
感情表現が豊かで、人の心に訴えかける力があります。人間関係の中では温かく情熱的ですが、自分の感情を全面に出しすぎて相手を圧倒することもあります。この情熱は、人々を動かし共感を呼び起こしますが、時に感情的になりすぎることで誤解を招く可能性があります。
物質的な世界や身体的な側面への関心は薄く、自分自身の健康や快適さを後回しにする傾向があります。大義や目標を優先するあまり、現実的な生活のバランスを崩しがちです。また、必要最低限の物質的な満足さえも犠牲にしてしまうことがあります。
論理的な思考や分析的な判断は得意ではなく、直感や感情に頼ることが多いです。状況を論理的に整理するよりも、全体の流れや自分の信念に従って意思決定する傾向があります。その結果、細部の矛盾を見落としたり、長期的なリスクを見逃すことがあります。
VEFLは、強い意志と感情のエネルギーによって周囲を動かす一方で、実務的な側面を見過ごすことで現実的な障害に直面することがあります。長期的な成功には、物質的な側面や論理的思考にも意識を向け、現実とのバランスを保つことが課題となるでしょう。その一方で、彼らのビジョンと情熱は、多くの人々を魅了し続けます。
(こちらの「特徴」の章は、The Syntax of Loveを参考にサイト管理人が独自作成したものです)
LFEV(ベルティエ)
1L
LFEVの特徴は、確立されたルールに対して非常に敬意を払った態度をとるという点です。「それが当たり前だ」、「規範を逸脱することは許されない」、「本当にこんなことをやってもいいと思っているのか?」といった言葉がLFEVのよく使う言葉です。ルール、アルゴリズム、メソッドに従うことにおいて、LFEVは他の追随を許さない存在です。このタイプには「与えられたタスクを極めて慎重に、細部まで徹底的に作業し、僅かな綻びも見逃さずに処理する」という方面で素晴らしいパフォーマンスを発揮する人が多いのも、決して偶然ではありません。
2F
LFEVは物質的な世界だけに美を見出し、それを楽しみます。彼らにとって肉体労働は不自然でも恥ずかしいことでもありません。他の仕事と同じように、非常に慎重かつ正確に仕事します。LFEVは基本的にはきっちりした人が多いですが、時折見せるだらしなさは、彼にとって外観の美しさよりも利便性の方がはるかに重要であるという考えがあるせいです。その場その場で色々なものをぱっと修理してしまうことができる人も多いです。家庭の問題や「人生の節目」というものを非常に重要視する傾向があります。
3E
LFEVは、コミュニケーションをとる際、しばしば暗く、よそよそしい表情をすることが多く、心の中は非常に悲観的です。この悲観的な気持ちを自分の中で抑えようとすることが多いのですが、ときには抑えきれずに感情を爆発させ、他人に恨み言をぶつけてしまうこともあります。LFEVは、まるで喜びというものを知らない人のように見えることがありますが、それはどうやって喜んだらいいのか、わからないせいです。
4V
LFEVは非常に従順な人です。個人的な気まぐれではなく、確立されたルールにしっかり対応していたり、上からの指示や決定をとても重要視します。彼らは自分を超える人をサポートするために110%を力を発揮します。それが世界のあるべき姿だと考えているからです。そこに個人的な目標や成果は関係ありません。また、他の人がすでに一度やったことのあることを、自分が再び試してみることも有意義だと考える傾向があります。そうすることで多くのことが学べると信じているからです。彼らは通常、あまり目立ちたがらないほうなので、控え目な服装をすることが多いです。そうしたほうが不必要な注目を避けて、人生を円滑に進めることができると考えているからです。
特徴
LFEVは、論理的思考、勤勉な姿勢、感情の抑制、そして従順な意志を特徴とする性格です。彼らは、秩序や精密さが求められる環境で最大限の力を発揮し、安定した成果を生み出すことに長けています。しかし、新しい状況への柔軟な対応や感情的な共感には課題を抱えることが多いです。以下に、LFEVの主要な特性を詳しく説明します。
論理的で硬直した思考を持ちます。彼らは、事実や確立された方法論に基づいた判断を好み、物事を体系的かつ精密に分析します。この特性により、技術的な課題やデータ管理、ルールに従った作業に優れています。ただし、論理への強いこだわりが、新しいアイデアや予測不能な状況に対する柔軟性を欠く原因となることもあります。
LFEVは、持続的な努力と粘り強さを発揮するタイプです。課された仕事には真摯に取り組み、長時間の作業にも耐えることができます。結果を出すまで諦めず、地道な労働に価値を見出します。この実務的で献身的な姿勢は、多くの分野で信頼される要因となりますが、時には「効率」よりも「継続」を重視するあまり、柔軟性に欠ける場面もあります。
感情はLFEVの行動に大きな影響を与えません。彼らは感情を表に出すことが少なく、内面的には安定しています。この冷静さは、困難な状況でも動じずに物事に取り組める強みとなりますが、他者との情緒的な交流には消極的です。そのため、親密な関係を築く際には、感情の乏しさが壁になることがあります。
受け身で従順で、自分の意志を押し通すことに関心が薄く、外部の指示に従うことを好みます。リーダーシップを取るよりも、明確な指示や役割を与えられることで安心感を得ます。協調性が高く、集団の一員として役割を忠実に果たす一方、自発性や独立性には欠け、必要以上に受け身になってしまう傾向があります。
LFEVは、論理的思考と努力によって安定した成果を生み出す信頼できる存在です。感情的な関与や自己主張は少ないものの、粘り強い姿勢と協調性で周囲を支えます。しかし、柔軟性の欠如や感情的なつながりの不足が、個人的な関係や変化の多い状況での課題となるでしょう。組織やコミュニティの中では、静かに安定した貢献を続けることで、その価値を示します。
(こちらの「特徴」の章は、The Syntax of Loveを参考にサイト管理人が独自作成したものです)
LEFV(アウグスティヌス)
1L
LEFVは、周囲の世界を知的に、論理的に、そして哲学的に理解する傾向が非常に強いタイプです。知識への渇望はこのタイプの主な特徴の一つであり、新しい知識や珍しい知識には特に目がありません。また、このタイプは哲学に非常に興味を持っており、世界の秩序に関する哲学的な概念を構築する傾向があります。もし高い知的レベルを持つLEFVであれば、理論的な科学の世界で非常に上手くやっていくことができます。
2E
LEFVタイプは、いわゆる情熱的で「一緒にいると楽しい人」です。ユーモアのセンスも皮肉のセンスもあり、非常に洗練された美意識を持つ人が多いです。また、映画や絵画など、複雑さ、珍しさを感じられるような芸術に対する興味が強いのも特徴です。しかし、それと同時にこのタイプの人は自分の外の世界からもたらされる様々な困難に直面して弱気になってしまったり、自分が「黒い羊 [1] 」のように感じてしまって、憂鬱にふさぎ込んでしまう傾向もあります。
3F
LEFVにとって、物質的な側面は困難さや痛みの原因になることが多く、彼らは生涯にわたってそれと闘っています。こうした闘争は、厳しいライフスタイルを自分に課そうとする傾向や、絶え間ない激しい運動、さまざまなフィットネスや体のトレーニングの方法に手を出す傾向、個人の健康への大きな注意という形で表れます(真冬にあえて半袖で生活してみるなど)。LEFVにとって、これらの取り組みを計画立てて効率よく行うことは、必ずしも簡単なことではありません。ある種の身体的な弱さを克服できないことに対して非常に深い悲しみに暮れてしまったり、自分がどれだけ仕事をできているか適切に判断できずに、仕事中毒になる傾向があります。この悲惨な例としてはオーウェルの『動物農場』に登場する働き者の馬ボクサーがあげられます:「わしがもっと働けばいいんだ!」 [2]。
4V
LEFVの際立った特徴は、誰かとコミュニケーションをとる際、相手のことを簡単に信用してしまう点です。LEFVはどこか「相手を怒らせてしまうのではないか」と非常に恐れているように見えることもあります。そして、相手の意志や要望を簡単に信頼し、受け入れてしまいます。彼らはどことなく「保護を必要とする優しく脆弱な存在」という印象を人に与えます。彼らの持つ世界観は、時に非常に悲しいものであることがあります。「ちっぽけな自分と比べると、世界は圧倒的に強すぎる。それに抗うことはほとんど無意味であり、自分にできることは、ただ強者である世界に従い、調和的に統合することだけだ」というような世界観です。アウグスティヌスの唱えた「人が救われるか地獄に落ちるかはあらかじめ神によって決定されている。その運命はどんな努力によっても覆せない」とする学説には、こうしたLEFVの世界観がよく表現されています。
特徴
LEFVは、論理的思考を中心としたバランスの取れた知性と豊かな感情を持ち合わせています。理性的に物事を分析しつつも、人間関係では温かみのある関わり方を好みます。物質的な快楽や欲求に対しては距離感があり、時に葛藤を抱くこともあります。また、自分の意思を強く押し出すことには消極的で、内面では知的探求心と感情的共感が調和しているものの、自己主張の弱さが葛藤を生むこともあります。
論理的思考は、このタイプの最も顕著な特徴であり、物事を整理し、明確な結論へと導く能力に長けています。複雑な状況でも冷静に分析し、合理的な選択を下すことができます。また、言葉の選び方にも慎重で、他者に対して論理的で説得力のある意見を提示することが得意です。ただし、原則に忠実すぎるあまり、柔軟さを欠く場面が見られることもあります。
感情面では、温かく思いやりのある性質を持ち、人間関係では深い共感を示します。自分の気持ちを率直に表現することに長けており、感情豊かなやり取りを楽しむ傾向があります。時には感情が高ぶり、演劇的なニュアンスを帯びることもありますが、それが周囲との関係をより深めるきっかけにもなります。しかし、論理と感情の間で葛藤することも多く、感情の波に流されることを警戒する傾向があります。
物理的な快楽や身体的な欲求に関しては、内面で複雑な葛藤が生じやすいです。美的感覚に優れ、芸術や自然の美しさには強く惹かれますが、身体的な快楽や欲望に対しては距離を置くことが多いです。時には快楽を享受しながらも、その後に罪悪感を抱くことがあり、物質的な満足と理性的な自己抑制の間で揺れ動くことがあります。
自己主張や意思決定には消極的で、他者に影響されやすい傾向があります。周囲の期待に応えようとするあまり、自分の意見や願望を抑え込んでしまうことも少なくありません。責任ある立場や指導的役割を避けがちで、意図せず他者に支配されたり、流されたりすることがあります。誠実で無垢な姿勢は周囲に好感を与えますが、自己犠牲的な態度が自分自身を苦しめる原因にもなることがあります。
このタイプの内面的な調和と葛藤は、理性と感情、快楽と節制、自己主張と受動性の間で絶えず揺れ動いています。特に社会的な場面では、知性と温かさを併せ持つ魅力的な存在として映る一方で、自分の欲求や意志を抑えすぎることで疲弊しやすいかもしれません。
(こちらの「特徴」の章は、The Syntax of Loveを参考にサイト管理人が独自作成したものです)
VFEL(トワルドフスキー)
1V
VFELは、あらゆるものを支配し、コントロールしようとする傾向があります。こうした傾向は、物理的な世界で特に顕著になります。自分の所有物に対して「これは自分の所有物だ」と強く意識するタイプで、管理者やマネージャーといった役割に向いている人々です。自分の正しさを確信し、自分が正しいことを主張し、他人にそれを認めさせる能力が高い人が多いです。
2F
VFELは冷静な現実主義者であり、物質的な世界に住み、欲求とニーズに完全に没頭しています。これは、肉体労働が嫌いではないというよりむしろ好きな傾向として表れたり、スポーツや軍事史、武術に興味を持ったりといった形で表れます。物質的な世界では、非常に重要ではあるものの、他の人々にはなかなかできないような、非常に厳しい決断を下して問題を解決することもあります。例えば、とあるロシアのファンタジー小説に登場するキャラクター [3] は、抵抗を続ける敵勢力を制圧するために、ダムを決壊させて敵の領地を水没させるという非情な決断を下しましたが、これはVFELのこうした側面を理解する上で、わかりやすい例だと言えます。VFELのこうした特徴を全て踏まえてみると、彼らはある意味、非常に利他的なタイプであると言えるかもしれません。
3E
VFELの特徴は、感情表現に対して非常に冷たく控えめな態度をとることです。彼らに言わせれば、どれだけ熱意があろうとも、それだけでは問題を解決することはできません。他人の激しすぎる感情を抑制するために、わざと辛辣な態度をとることがあります(彼らが行う抑制によって、他人の感情的な行動をかなり急激に止めさせることもあります)。
4L
VFELは、抽象的な理論の話には無関心であることが多いです。そうしたものは現実の生活からは非常に遠く、そんなことに頭を使う位なら、目の前で起きている問題を解決するために頭を使うべきだと考えているからです。しかしながら、彼らは新しい情報を吸収する能力が非常に高いことが多いです。様々な新しい情報を吸収し、自分の知識体系を更新することができる人々です。
特徴
このタイプの人は、強い意志と現実的な行動力を持つ、頼れるリーダータイプです。自分の考えや目標に対して揺るがない信念を持っており、「こうあるべきだ」と感じたことは、周囲の反対や困難があってもやり遂げようとします。他人に指示されるよりも、自分が主導して物事を進める方が性に合っていて、自然と人々の上に立つ立場になることが多いでしょう。また、責任感が強く、自分が関わったことに対して最後まで面倒を見ようとします。
次に、このタイプの人は勤勉で実践的です。理論や計画よりも、実際に手を動かして物事を進めることに価値を見出します。努力を惜しまず、粘り強く続ける姿勢があり、途中で諦めることはほとんどありません。困難な状況でも、コツコツと仕事を積み重ね、目に見える結果を出すことに満足感を感じるタイプです。周囲からも「頼れる人」「最後までやり抜く人」と評価されることが多いでしょう。
しかし、感情面ではあまり表に出さない傾向があります。内面では色々な気持ちを抱えていても、それを人前で素直に表現することは少なく、どちらかというと冷静で落ち着いた態度を保つことを好みます。感情を大げさに示したり、周囲の感情に振り回されたりするのが苦手で、自分の気持ちよりも現実的な判断を優先させます。そのため、周囲からは「クール」「感情に流されない」と見られることが多いかもしれません。
さらに、このタイプは論理的思考にはあまり重点を置かない特徴もあります。難しい理論や抽象的な議論にはあまり興味を示さず、シンプルで実用的な考え方を好みます。細かい理屈をこねるより、経験や勘を頼りに物事を判断する方が得意です。そのため、長々と理論を展開するような議論より、直感的に物事を理解し、素早く行動に移すことに価値を置きます。
全体的に、このタイプの人は実直で責任感が強く、行動力に優れた現実主義者です。表面上は厳しく見えることもありますが、内心では自分の信頼する人や守るべきものに対して深い愛情や忠誠心を持っています。リーダーとして自らの意志で道を切り開き、努力と行動で周囲を導いていく頼もしい存在です。
(こちらの「特徴」の章は、The Syntax of Loveを参考にサイト管理人が独自作成したものです)
- Afanasiev, Alexander (1999), The Syntax of Love