内向的倫理 Fi
内向的倫理(Fi) は、内向、合理、静的な情報要素です。 Fi、R、関係の倫理、白の倫理とも呼ばれます。
Fiは、一般的に「誰かと誰かの間にある感覚的な距離」を自然に感じ取る力として理解されています。そして、その感覚を元に物事を判断します。Fiを大切にする人は、友人や家族と深くて個人的なつながりを大事にし、その関係を長く続けようとします。彼らは他人の気持ちを敏感に感じ取ることができ、親しい関係を築くために、自分の内面の感情や気持ちを時には他の人に話すこともあります。また、Fiを重視する人は、外向的な倫理感(Fe)とは異なり、感情を伝えるときに自分がどう感じたかに焦点をあてます。例えば、「最悪だった」という表現よりも、「〇〇は最悪だった」と自分の視点を強調する傾向があります。何かを決めるとき、Feを重視する人は「全体にどう影響するか」を考えますが、Fiを重視する人は「自分や自分と関わる人がどう感じるか」を基に考えることが多いです。
ウィキソシオンの説明
第1機能 Fi(ESI, EII)
モデルAでの第1機能:先導機能
彼らは、主観的な倫理観と人間関係の安定を基にして現実を見ています。そして、人間関係の状況を自分の倫理観に照らし合わせて判断します。他の人の倫理観や道徳性、その一貫性を評価することに強い自信を持っています。これが原因で、時々「判断が厳しすぎる」とか「自己中心的だ」と思われることがあります。もし、ある特定の人間関係について判断が難しい場合でも、彼らは必ず何らかの結論を出そうとします。それでも判断ができないときは、その人間関係には価値がないと考えがちです。彼らの個人的な倫理観や他者との関係の一貫性は、自己評価に強く影響を与えます。第1機能のFiは、誰が友人で誰が敵なのか、善意を持っているか悪意を持っているか、惹きつけられているか拒絶されているかを、ほぼ瞬時に感じ取る能力と関係しています。
第2機能 Fi(SEE, IEE)
モデルAでの第2機能:創造機能
このような人は、人とのつながりを感じたり、築いたり、維持したりするのが得意です。しかし、彼らは人間同士のつながりを「固定的なもの」ではなく、「状況によって変わるもの」として捉えています。自彼らは好意や受け入れの気持ちを表現することで、人々の間に親しみや、まるで親族のようなつながりを簡単に感じさせます。ただし、彼らの感情は常に変わるもので、状況に応じて移り変わります。気分や周りの状況が変わると、その感情もすぐに消えてしまい、親しく感じていた相手のことを忘れてしまうこともあります。
第3機能 Fi(LII, LSI)
モデルAでの第3機能:役割機能
彼らは個人的な関係が大切だと考えています。そのため、初対面の人には慎重に接し、相手を怒らせないように気をつけます。このリスクを減らすために、彼らは社会的なルール(例えばポリティカル・コレクトネス)を、少し簡単に守ろうとします。しかし、これが行き過ぎると、自分の考えをはっきり言いたいという彼らの自然な傾向(第1機能Ti)が妨げられ、ストレスを感じることになります。Tiに従って自分の考えを素直に言った方が、他の人は自分の無神経さを批判するのではなく、むしろ率直さを評価してくれるのではないかと期待してしまうのです。この慎重さは、仲良くなるにつれてだんだんと薄れていきます。彼らはオープンな対話や共通の活動を通じて、他の人との関係を築くのが好きです。そして、個人的な感情は、長く付き合っている人にだけ見せることにします。一方で、直接的な方法で関係を築こうとされると、混乱したり、疑いを持ったりすることがあります。
第4機能 Fi(ILE, SLE)
モデルAでの第4機能:脆弱機能
普段、対人関係の微妙な感情にはあまり気を使いません。人間関係がはっきりしていないと、過剰に疑ったり、必要以上に思い込んだりしてしまうことがあります。彼らは、客観的な利益に基づいた関係を大切にします。人間関係そのものに価値を感じているというよりも、お互いを楽しませたり、共通の目標を達成することに重点を置いています。
彼らは、他の人に自分の感情を気にかけてもらうことを期待しません。それと同じように、自分に関係のない限り、他人の感情についても特に気にしません。もし誰かが自分の内面的な感情を表現したとしても、感情を示す行動が伴っていなければ、その人はそのことを十分に理解できません。他の人から「あなたは人間関係に問題があるかもしれない」と指摘されても、はっきりと「問題だ」と言われていなければ、困惑してしまいます。こうした曖昧な指摘を受けると、無視したり、攻撃的な反応を示すこともあります。
深い感情の表現は、他の人からでも自分自身からでも、気まずさを感じさせるものです。自分の本当の感情を他人に押し付けることを、彼らは「権利」とは思っていません。なぜなら、他人の感情がどれだけ自分を不快にさせるかを知っているからです。また、彼ら自身、感情を表現するのが得意ではないためです。
第5機能 Fi(LIE, LSE)
モデルAでの第5機能:暗示機能
彼らは、互いに信頼できる雰囲気の中で、個人的でプライベートな経験を簡単に共有できるような親しい関係を求めています。感情や倫理的な信念が共有され、感情を外に出さなくても良いような関係を大切にしています。
自分から積極的に関係を築こうとする傾向がありますが、他人との関係やその状態をうまく判断する自信はあまり持っていません。そのため、LIEやLSEは、はっきりとした個人的関係を重視しています。明確な倫理観を持つ人を信頼しやすいのは、その人が信じていい相手だと感じるからです。他の人について、彼らは「この人は友達か、敵か」「好意を持っているのか、悪意を持っているのか」といったことを深く考えることはありません。代わりに、相手の行動に基づいて最初から友達や敵として接することが多いです。そのため、友達だと思っていた人を敵だと誤解したり、逆に敵だと思っていた人を友達だと勘違いすることがあります。
他人が自分にどんな感情を抱いているかを理解するのは、少しずつ進むプロセスです。相手が感情をはっきりと伝え、その行動がその感情と一致しない限り、疑問を感じることが多いです。個人的な関係については不安になりやすく、相手の気持ちが変わっていないかどうかをしょっちゅう確認したくなります。他の人に対して、自分の感情をはっきり言うのは苦手です(「あなたは面白いですね」や「あなたのことが好きです」といったことは言いにくいです)。しかし、逆に他の人からそのように言われると、とても喜びます。まるで予想外のタイミングで嬉しいプレゼントをもらったかのような反応を見せることがあります。その代わり、他人の行動が理にかなっているかどうかを重視する傾向があります。
第6機能 Fi(ILI, SLI)
モデルAでの第6機能:動員機能
相手との信頼と理解がしっかりと築かれた関係を大切にし、その中でより深い感情や経験を分かち合えるような、安定した個人的な関係を求めています。ただし、そうした関係を自分から積極的に作ることができず、むしろ他の人からそうした態度を見せてもらえることを期待し、そうした人を評価します。第6機能がFiの場合、弱点となる第4機能(痛みを感じる機能)は必ずFeになります。FiとFeを両方持つタイプの場合、言葉にしなくても感情をお互いに「シンプルに理解」できるような感情的なつながりを大切にするタイプだと言えるでしょう。
第7機能 Fi(ESE, EIE)
モデルAでの第7機能:無視機能
人との深い絆があるかどうかを判断するとき、「外から見て感情を表現しているかどうか」を重視します。もし感情を表に出していない場合、その関係に絆があるのか疑問に思ったり、その関係をどう判断するか迷うことがあります。例えば、「お互いに愛情を表現せず、他人の前では感情を抑えているカップル」を見たとき、この関係を「愛がない」「冷めている」関係だと思いがちです。他人の感情について話したり理解しようとすることには関心がありますが、同じ状況における自分の感情に焦点を当てることにはあまり興味を持たず、自分には関係のない話だと感じることが多いです。
第8機能 Fi(SEI, IEI)
モデルAでの第8機能:実証機能
外に明確な感情を表すことが少なくても、第8機能にFiを持つSEIやIEIの人々は、特定の二人の間にどんな関係があるのかを理解するのが得意です。とはいえ、彼らにとって重要なのは、そういった個別の関係よりも、むしろ大きなグループ全体における感情的なやり取りです。そちらのほうが興味を引き、重要な問題だと感じています。さらに、彼らは個人的な絆を「固定されたもの」とは考えず、「状況に応じて変わりうるもの」として捉えています。
価値機能の側面 by Dmitry Golihov
価値機能:モデルAの第1機能、第2機能、第5機能、第6機能のこと。別名「尊重する機能」
第1機能 Fi(ESI, EII)
感情のつながりをとても大切にしていて、一度抱いた感情をずっと大事にし続ける人です。人に対する気持ちや態度がブレにくく、安定しています。自分の「これは正しい」「これは間違っている」という考え方に反対されると、強くイライラします。そして、誰かに一度でも裏切られると、その人がどれだけ反省しても、「あの人は嘘つきだ」と思い続けてしまいます。このような感情や評価の仕方が、その人の生き方の中心になっているため、ESIやEIIタイプの人は「道徳を重んじる人」と見なされることがあります。第1機能で感じたことは、表に出すことはあまりありません。たいていは心の中にしまっておきます。特に、自分の価値観と合わないような不快なことがあると、それを隠してしまう傾向が強くなります。
ネガティブなことのほうが、ポジティブなことよりもはっきり見えることが多いです。そのせいで、「悪い印象」や「誤解」をずっと引きずってしまうこともあります。その人が下した評価に対して「そうじゃないよ」と言っても、無駄に終わることが多いです。本人にとっては、「良いものは良い」「悪いものは悪い」と、すでにハッキリ決まっているからです。でも、なぜそう思うのかを他の人にうまく説明することはできません。一度「この人は信頼できる」と感じた相手とは、長く良い関係を続けようと努力します。
彼らは人を「良い人」と「悪い人」にハッキリ分けて考えることが多く、「良い人」を好み、「悪い人」は軽蔑します。ただし、そうした判断は普段あまり表に出しません。けれども、相手がとても強い嫌悪感を呼び起こすような場合には、その気持ちをはっきり表すこともあります。自分が価値を感じられる人が身近にいないと、イライラしたり攻撃的になったりしやすくなります。なぜなら、そうした人の存在が「自分はここにいるんだ」という実感につながっているからです。義務、名誉、尊厳、道徳といった言葉にとても敏感です。それは世間的な意味というより、「自分がどう感じているか」という内面的な部分に対して敏感なのです。だから、外からの評価や、社会的なルールよりも、自分自身の感情や信念のほうが大事です。
第1機能にFiを持つ人たちは、人に対する気持ちをあまり変えません。特に、「嫌い」から「好き」に気持ちが変わることはめったにありません。たくさんの感情を持っていて、そのニュアンスもとても繊細です。他人が、自分の考える「こうあるべき」という道徳のルールから外れると、すぐに気づきます。そうした場面では、その人を守ろうとしたり、正そうとしたりするかもしれません。ESIやEIIタイプの人は、「これは良い」「これは悪い」という倫理的な考え方をしっかり持っています。そして、自分が何かに好意を持つには、それが「良いこと」だと信じられる行動をしている必要があります。このような倫理観は、個人的で主観的なものなので、社会で一般的に言われている「正しさ」とはずれていることもあり、誤解されることもあります。しかし、それはその人の中に深く根づいた考え方です。だから、できることは「自分の考えを理解してくれる人を見つけること」だけなのかもしれません。
第2機能 Fi(SEE, IEE)
彼らは、自分が人や物事についてどう思っているかを、よくまわりに伝えます。相手に気に入られたり、動かしたりするために、自分の気持ちを利用することがあります。身の回りのいろんなものに「これは良い」「これはダメ」と、自分なりの判断をどんどん下していきます。1日のうちに、誰かに共感したり反発したりと、気持ちが何度も入れ替わることがあります。そのため、感情の動きが激しくて、不安定に見えることがあります。彼らは、自分のこうした考えや気持ちに、他の人が興味を持ってくれる場所を探そうとします。たとえば、アートディレクターのように、自分のセンスや判断が評価される仕事に魅力を感じるかもしれません。マネージャーやリーダーになっても同じようなやり方をしますが、そちらでは自分の判断が受け入れられにくいかもしれません。彼ら自身は、自分の評価や批判を「途中経過の作業」だと考えています。
そのときどきの流れに応じて、最初は褒めていた人を急にけなし、またしばらくすると褒め直す、ということもあります。こうしたことが自由にできない立場に置かれると、どこか物足りなさを感じます。そして、「もっと自由に意見を言える立場になりたい」と思うようになります。その思いが、「社会からあまり求められていない彼らの独自の判断やセンス(Fiの創造機能)」を、何とかして世の中に広めようとする原動力になります。
ただ、彼らが見せるような「なんでもかんでも評価や批判をしたがる人」という一面を好ましく思う人は、あまりいないかもしれません。彼らは、「自分だけのルールを持ち込んでくる人」と思われやすいです。「これは良い」「あれはダメ」と、目に入るものをすぐに評価しようとします。人と人が対立しているような場面に、つい関心を持ってしまうことがあります。場合によっては、自分から争いを起こすことさえあります。そうしたほうが、「Fiの創造機能」、つまり「評価する」という自分の役割を果たせるからです。他人のトラブルに関わることで、共感を得るのが上手です。人の問題に気づいて関心を持ち、より良い関係を築くために行動を変えられる力があります。そのため、政治家として活躍する人も多いです。人々が何を求めているかを感じ取り、それに応えることができるのが、彼らの強みです。
SEEやIEEタイプの人間関係は、やや不安定になりがちです。たとえば、「今日はあの人のことが好き。でも明日は嫌いになって、さらに次の日にはまた好きになる」といったふうに、気持ちがコロコロ変わります。時には、昨日まで嫌いだった人を、今日は好きになってしまうことさえあります。彼らにとって、感情というのは、どこか「遊び」や「ゲーム」のようなものです。
物事の価値を見抜く力があるので、良い評論家や味見役になれます。異性がいると、つい何かコメントや評価をしたくなってしまうことも多いです。ときどき、彼らの評価が「お説教」のように聞こえることがあります。しかし実は、彼らのFiに関する判断にはあまり一貫性がありません。また、自分の意見をそのまま言わずに、「誰かがそう言っていた」といった形で伝えることもあります。たとえば、「みんながこう言ってるよ」とか「そういう話を聞いたことがある」と言うのです。しかし、「それ、誰が言ってたの?」と聞かれると、すぐにボロが出てしまいます。本当は自分の考えなのに、それを「みんなの意見」のように装っていただけだと、バレてしまうのです。
第6機能 Fi(ILI, SLI)
人とのつながりを持ち、その人たちに好感を持ち、大切に思うことを大事にします。誰のことも好きになれないと、「誰も愛せない私は、だめな人間なのかもしれない」と感じて、自己肯定感が下がってしまいます。
こうした気持ちから抜け出すには、主に二つの方法があります。ひとつは、仏教的な考え方に従って、「この世界は完璧ではない」と認め、そのままの世界や人々を受け入れ、愛するという方法です。もうひとつは、自分の頭の中に「完璧な世界」や「完璧な人たち」を思い描いて、そのイメージを大事にしながらも、現実の世界にはあまり強い期待や感情を持たずに過ごす方法です。この二つ以外のやり方をとると、たいてい自己肯定感の問題につながります。たとえば、身近な人に「この人は完璧だ」と期待しすぎると、いずれその人の欠点に気づいてガッカリすることになります。そして「理想化を解除すること」は、大きな落胆や自己否定感につながることがあります。
こうしたタイプの人には、自分の考えや好きなことを自由に話せる場が必要です。彼らの大きな課題は「周囲の世界を理想化してしまうこと」です。だからこそ、自分の正直な気持ちを遠慮なく表現できる環境をとても大切にします。結果として、自分が安心できる場所だけと関わるようになることが多いです。彼らは「真実を伝えること」に価値を置きます。たとえそのせいで相手を傷つけたとしても、「それでも、私は正直だった」と思えることが大事なのです。
また、自分の感情の世界に他人が土足で踏み込んでくるのを嫌がります。「私の魂に立ち入らないでください」と言いたくなるような感覚です。さらに、尊敬している相手に対しても、距離を置いていたほうが気持ちが楽だと感じます。そうすれば、もし相手にがっかりするようなことがあっても、ダメージが少なくて済むからです。理想としては、その人がときどき長い間いなくなるくらいがちょうどいいのです。そして、動物や神秘的な存在に愛情を向けることもあります。そうすることで、自己肯定感を保ちやすくなります。
誰かと長く関係を続けていると、いつの間にか相手を「自分の理想通りの人」に変えようとし始めて、モラリストのようになってしまうことがあります。また、傷つかないために自分を守ろうとすると、今度は他人のすべてを否定的に見るようになってしまうこともあります。
第5機能 Fi(LIE, LSE)
Fiが暗示機能にある人たちは、「周りの人や物を自然に好きでいられる環境」に身を置こうとします。もし「どうしても好きになれない人」がいたら、それは「その場から離れる理由」になります。誰かに対してどう接すればいいのか分からないと、とても落ち着きません。したがって、そういう時に「この人には、こう接するといいよ」とアドバイスしてくれる人がいると、素直に受け入れます。そのように、自分がどう振る舞えばいいかを教えてくれる人を必要としているのです。
また、自分の中にある「他人に対する思い」や「感じ方」を自由に出しても大丈夫な場所を探しています。そういう場であれば、そこはとても心地よい場所になります。このような人間対人関係の問題に対して、彼らはとても慎重です。だからこそ、よく「客観的なデータ」や「信頼できる情報」を頼りにしようとします。
さらに、周りの親しい人たちの意見にとても影響されやすく、それを利用されることもあります。新しい場所に行ったときは、まず身近な人の意見をよく聞き、それを自分の中に取り込もうとします。LIEやLSEにとって一番居心地がいい場所は、信頼できる友人や仲間のそばです。彼らは、「物事がはっきりしている状態」が好きです。逆に、あいまいな状況が続くと、不安な気持ちになりやすいです。一緒に長く仕事をしてきた仲間と別れるのは、とてもつらい経験になります。そんな人たちとの日々を思い出すと、懐かしくて胸がいっぱいになります。彼らにとって、長い時間をともに過ごした友人や仲間を失うことは、本当に大きな痛手なのです。これは仕事だけでなく、プライベートの関係にも同じように当てはまります。
時々、何かを強く主張したいときに、わざとちょっとした「騒ぎ」を起こすことがあります。ふだんは、「周りの同意がないと自分の意見を出しにくい」と感じているのですが、このような方法をとると、思っていることを自由に表に出せるように感じられるからです。騒ぎのあとには、自分の正直な気持ちを大胆に語ることもあります。
誰かに好意を持っていると、その人がどんなミスをしても見て見ぬふりができてしまいます。このときの彼らは「愛の気持ちに突き動かされている」状態です。言ってしまえば、「彼らの愛は盲目」です。愛という感情は、彼らの理性を飛び越えて、心を温かくしてくれます。しかし実は、このときのFiはとても危うい面を持っています。なぜなら、感情的に人に「操られてしまう」危険性があるからです。お世辞に弱くなることもあります。このような状態では、催眠術なんて必要ありません。本人は「これは自分の善意からだ」と思いながら、相手の望む通りに行動してしまうのです。