外向的論理 Te
「外向的論理」と書く代わりに、「Te」「P」「アルゴリズムの論理」「実践の論理」「黒の論理」と表記されることもあります [1]。
外向的論理は、客体の外的な活動、つまりイベント、活動(activity)、仕事(work)、挙動(behavior)、アルゴリズム、動作(movement)、行動(actions)について、何を(what)・どこで(where)・どのようにして(how)行われるかの情報を扱います [2]。
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イベントの「何を(what)・どこで(where)・どのようにして(how)」は、イベントの外的活動(external activity)を指しており、活動(activity)や仕事(work)の「何を・どこで・どのようにして」は、機械や人の外的活動(external activity)を指しています。そしてアルゴリズムは、客体の外的活動(external activity)を記述するものです。
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Teは主体の外部(外部な活動; external activity)にある客観的な事実に基づく情報を認識し、「何が起こっているか」「何が行われているか」「何が言われているか」の論理的根拠と機能性(有用性、実用性、機能仕様、動作機構、運用性)を分析します。
Teタイプにとっての「品質」とは、「ある客体」が、どの程度「その客体が作り出された目的」通りの機能を実現できているかを意味します。
彼らはエネルギーを浪費したり、望ましくない副作用を引き起こすことなく目的を達成できた場合、その人を「効果的(effective)」だと判断します。
Teタイプの人々は、基本的に同じ評価基準を用いて人や物事を評価します。
ウィキソシオンの説明
第1機能 Te(LIE, LSE)
モデルAでの第1機能:先導機能
先導機能としての外向的論理は、個人の関心事や専門活動に関連する事柄について、書籍や二次情報などといった外部の情報源からも併せて、事実に基づく情報を蓄積する必要性として現れます。
このことは、先導機能にTeを持つタイプの人々に、「自分はその事柄の知識が十分ある」という自信を与えます。また、自分の知識に自信を持って関連する議論に参加できます。彼らのこうした点を見て「傲慢だ」と感じる人がいるかもしれません。
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また先導機能としての外向的論理は、外的な現実(仕事の活動、世の中の出来事、財政、手順、個人的関係、会話など)を評価する際に、事実の正確性、「つじつまが合っていること」、効率性の観点から評価するという現れ方もします。
これにより、外部の世界の効率性と合理性を向上させることに積極的な傾向が生じます。また、役に立つ、利益をもたらす活動や、知識のベースを拡大する活動に関わり、生産性を発揮できているかどうかが、自己価値観に影響を与えるという性質も生じます。
「正確ではない」とわかっている情報を伝えるのは気持ち悪いため、出来る限り避けようとします。
第2機能 Te(ILI, SLI)
モデルAでの第2機能:創造機能
イデオロギー的な一貫性よりも事実の正確さを優先します。また、ネガティブな雰囲気を避けるために慎重に言葉選びされたコミュニケーションよりも、客観的で「厳しい」コミュニケーションを好みます。
外部環境が効率的で合理的で理にかなっているという視点は、彼らの幸福と内的な平和感にとって不可欠ですが、その分野で自分自身が積極的に取り組んだり、生産的である必要性はあまり感じません。
第3機能 Te(ESE, EIE)
モデルAでの第3機能:役割機能
先導機能(第1機能)である外向的感情(Fe)によって設定された優先順位に反しない限りは、自分の努力において「効率的で、生産的で、知識が豊富な人」だと思われたいと感じます。
FeのほうがTeよりも優先される状況とはどのようなものかというと、例えば最も効率的ではないものの、特定の感情的雰囲気をもたらしたり、感情的雰囲気を望む状態で維持するためには最も効果的な決定や行動があるという状況です。
これらのタイプの人々は、そのような状況で、特定のグループや人物から敵対的だと思われるのを避けるために、あえて最も生産性の高い決定をとらないようにすることがあります。
第4機能 Te(SEI, IEI)
モデルAでの第4機能:脆弱機能
典型的な脆弱Teは、自分の信念や主張、行動を外部の情報源に基づかせることに対して、懐疑心や嫌悪感を持つという形で表れます。
例えばSEIは「特定のテーマの本を大量に読んでいると思われる人」よりも、「たとえ限定的であっても、実践経験があると思われる人」の専門知識を信頼します。IEIは、自分自身の個人的な洞察に基づいて意見や見解を述べます。そしてそれと矛盾する「受け売り」の事実に基づいた情報には懐疑的です。
「読むものすべてを信じるな」という言葉は、脆弱Teが示す典型的な皮肉です。百科事典やハンドブックなど、一般的に「中立的で信頼性がある」とされている情報源に対して適応されている場合は特にそうです。
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もうひとつの脆弱Teの表れ方は、「効率性・生産性・発言の正確さに関わる問題を取り扱うこと」への嫌悪です。
SEIやIEIは、目の前の問題との関連性は低いと考えて、外部の事実とのダブルチェックをしません。その代わりに、自分の脆弱機能Te以外の機能から得た情報に従って発言しようとします。
脆弱機能Teを持つタイプは、外部の情報源から関連情報を見つける能力にあまり自信を持っていません。
第5機能 Te(ESI, EII)
モデルAでの第5機能:暗示機能
暗示機能にTeを持つタイプの人々は、生産性と効率性を達成するために、個人的に興味深く有益だと感じる事柄に関する知識が豊富で、正確性が高く、その知識を喜んで共有してくれそうな人々に惹かれやすいです。
「この結論はこうだ」というような、それ以上の分析を受け付けない「解答」的な分析よりも、信頼できるデータそのものを好みます。彼らとしては、「こういうことが起こった、こういうデータが出たなどの事実情報そのもの」や、「あくまでもひとつの解釈としての体裁を保った説明」のほうが、「これが正解だ」と提示される分析よりも信頼性が高いと感じられます。
それと同じ理由で、信頼できない情報や単に真実ではない情報を伝える傾向のある人々を避けようとします。
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自分の行動の生産性について考えることを怠りがちで、無意識のうちに、「物事を行うための、最も生産的で最善の方法の指示や助言」を与えてくれる他人に頼ってしまいます。
自分がどれだけの仕事をしたのか、それが十分なのか、実際にどれだけの価値があるのかを見積もることが難しいです。
「自分の行動の生産性を意識し、常に合理的で価値のあることを行おうとしている人」に憧れます。
第6機能 Te(SEE, IEE)
モデルAでの第6機能:動員機能
個人的に関心のあるテーマや、効率性・生産性を高めるのに役立つテーマに関する事実に基づいた知識を熱心に蓄積しようとします。
しかしながら、正しい情報を見つけて選択する力に自信を持っていないことが多いです。そのため、その分野で有能そうな、自分を安心させてくれる人に惹かれます。
第7機能 Te(LII, LSI)
モデルAでの第7機能:無視機能
事実に基づく情報の外部ソースを見つけ出すことに長けていて、情報の価値を評価する能力に自信を持っています。
しかしながら、彼らにとって「データを収集すること」は「データを一貫した論理システムに適合させること」よりも優先度が低いです。事実の関係性を分析すること [3]なしに、ただ事実を列挙することは、意義深さを感じられない、退屈な作業です。
たしかに彼らは効率性と生産性を重視しています。しかし、自分の行動やプロセスが明確な手順に沿っていない場合、効率性や生産性はそもそも達成できるのかと疑問に感じます。
第8機能 Te(ILE, SLE)
モデルAでの第8機能:実証機能
彼らは、利用可能な外部情報源と照らし合わせながら「情報、発言、行動のどの部分が事実として正確であるか」を識別する力に長けています。
しかし、NeやSeから得た情報を追求する際には、そういった「外部の情報源と照らし合わせて尤もらしいか否か」よりも、「内的な論理的一貫性があるかどうか」のほうが重要だと感じることが多いです。
探求すべきNeのアイデアや、獲得すべきSeのパワーがある時に、「事実に焦点を当てること」に労力をつぎ込むのはナンセンスだと感じます。
価値機能の側面 by Dmitry Golihov
価値機能:モデルAの第1機能、第2機能、第5機能、第6機能のこと。別名「尊重する機能」
第1機能 Te(LSE, LIE)
自分の知識に強い自信を持っています。彼らは自分で考えた外部の規則、または「憲章」に従って生きています。
そして、自分が考える正しい「物事の秩序」というビジョンを外部の状況に押し付けます。このビジョン(「誰が何をすべきか」に関する自分の評価など)においては保守的です。すべてのものは所定の場所になければなりません。そこから何かが動くと、元の場所に戻したくなります。
テリトリー意識や所有意識が強く、自分のテリトリーを乱されるとイライラします:「すべての人は、自分のいるべき場所を知っておくべきです」
「なぜそうするべきだと思うのですか。他のやり方ではどうしてダメなのですか?」と質問されたとしても、彼らは理由も言わずに「こうあるべきだ」と答えます。
まるで自分の手で作った環境で生きているかのような人です。彼らにとって、「正しい環境の在り方」に変更を加えられることは、まるで「自分の人格」を勝手に捻じ曲げられているようなものです。
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一度あるルール(例えば「2 × 2 = 4」であるというルール)を学んだら、生涯それに従います。
既存の秩序は不変でなければなりません。それが新しい秩序に取って代わられてしまうというのは、彼らにとって「常に悪い状態」に陥ってしまったのと同義です。そして、自分のテリトリーの秩序を取り戻すということは、彼らにとって自己肯定感に繋がることです。
ルールや物事の順序に精通しています。もしもあなたが何かを達成したいと思った時は、彼らに聞いてみるといいでしょう。彼らはあなたに「どのように行動すべきか、どの順序で段階を進めるべきか、どこに行くべきか、どのような書類を持っていくべきか」などを教えてくれるはずです。
何かを組み立てたり、分解する能力にも自信を持っています。はんだごてや部品を何時間も使いながら、複雑な機械を分解することができます。
「私の世界に安定した不変のルールと秩序があれば、私は生きていけます。そうでないなら、私は存在しません」
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自分のテリトリーではボスとして振る舞います。反対は許しません。もし彼らにとってのテリトリーという概念がもっと広く定義されていれば、彼らの支配はそのテリトリー内にいる全ての人間にまで及ぶかもしれません。彼らの家は彼らの要塞です。
もしもあなたが彼らに何か(特に彼らが「正しい」と認識している秩序から逸脱する何か)を説明しようとしても、彼らはそれを「理解」する必要性など感じません。遅かれ早かれ「わかったわかった」と言ってあなたの話を遮ってしまうことでしょう。
彼らが興味を持っているのは、客観的な現実の事実です。それは理解する類のものではなく、記憶し、学習し、評価し、実行する類のものです。
例えば掃除機を組み立てたり、分解するのに、わざわざ掃除機の原理を理解する必要性など感じません。単にどの部品をどこに嵌めこめばいいのかを知っているだけで十分です。
彼らは、自分が知る客観的な世界観の事実が変更されると、苛立ってしまいます。なぜなら、世界観を再度評価したり、再構築するために時間がかかってしまうからです。
彼らの活動の主な基準は、達成可能な客観的利益です。
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彼らは自分のテリトリーの中で、自分のルールに従ってのみ生きることができます。彼らと共に暮らす人もまた、彼らと同じように、彼らのテリトリーの中で、彼らのルールに従わなければなりません。
時として、彼らは自分のテリトリーをもっと拡大しようとすることがあります。このテリトリーの拡大は、彼らにとっては有益な活動に感じられることです。例えるなら自国の領土をより押し広げるような活動であり、そうすることで彼らはより広範囲に「存在」できるようになります。
他人のテリトリーに入り込み、誰が何をすべきか、どうあるべきかを指示し始めることは、まさに典型的な第1機能Teの人々らしい振る舞いです。
彼らとコミュニケーションをとった人々は、しばしば彼のことを「まるでボスという言葉を体現したかのような人だ」と感じるかもしれません。:「このシャベルをもって、ジャガイモを掘ってこい」
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非合理的で、非生産的に時間を浪費する人を好みません。
相手が誰であれ、議論の事実的根拠を確認しようとします。
第2機能 Te(SLI, ILI)
知識や事実を非常に巧みに利用し、創造的に応用します。理想的な講師であり、人に指示を与えることに長けています(例えば自動車のメンテナンスに必要なスキルを教えることができます)。
実際に自分の手を動かして何かを組み立てたり、分解したりといった、自分の外部にあるオブジェクトを、創造的・独創的に操作できます。
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子供の頃に工作玩具が大好きだったという人が多いです。
彼らのお気に入りの趣味は「複雑な家庭用品の修理」ですが、それがなぜなのかというと「客観的な論理を積極的に応用する必要があるから」です。
それができる機会がない場合は、わざと何かを壊したり、分解して、それを修理し始めることさえあるかもしれません。時には、本来の使用用途とは違う使い方をすることもあります(例えば顕微鏡を使って釘を打つなど)。
彼らのような人々は、客観的な世界の傾向や法則に対して敏感で、それらをうまく切り分けたり、利用することに長けているため、特に物理的な意味で、何かを近代化したり、アップグレードする理想的なスペシャリストだと言えます。
時には文明から遠く離れた客観的な知識が乏しい場所に移り住み、そこで自分の知識と技術を発揮するチャンスに恵まれることもあります。
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現在の法律と秩序、その長所と短所に精通しており、その中で巧みに立ち回ります。
交通渋滞に巻き込まれたとしても、路肩や歩道を活用した独創的なルートを考え出すこともあります。こうした方面では、本当に何でもないことのように楽々と対処法を生み出してしまいます。
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客観的な世界の事実を数多く把握し、それを活用できます。非常に実践的な人物であり、周囲のテリトリー内のあらゆるものを改良し、近代化し、より良く、より高品質に変えることができる「何でも屋」のような人です。
彼らは自分自身のための一連のルールを持っていますが、そのルールは非常に柔軟なものです。ルールの一部を省略したり、置換したりすることも自由です。こうした点については、いささか操作的な考え方をします。
彼らは、朝はあるルールに従うかもしれませんが、状況が変われば、夜には全く違うルールに従うかもしれません。
そのため、彼らと交渉(ビジネス)するのは、かなり難しいことがあります。もし契約を交わしていたとしても、その契約が自分にとって不利になったと思えばそれだけで、その契約を取り消そうとすることもあります。
彼らは「ルールとは関係者の要求に応じて、いつでも変更できるものだ」と捉えています。もちろんビジネスの世界における契約は、彼が考えているようなものはありません。契約は契約であり、毎日、毎週、見直しされるような契約など無いでしょう。彼らと交渉したり、ビジネスしようとする相手が困惑するのも無理からぬことです。
彼と取引する場合は、契約解消にペナルティがない契約でなければなりません。つまり「その契約が永続的なものではないこと」、言い換えれば「短期間だけ使用する、一時的な解決策であること」をあらかじめ明確にしておく必要があります。
第6機能 Te(SEE, IEE)
彼らにとって、知識とは最も重要なものであり、価値の尺度です。自分に知らないことがある場合、「私は劣っている」と感じます。
そのため、実際には知らないにも関わらず、何がどのように行われるかを私は知っていると主張することが非常に多いです(多くの場合、「後で調べればいいや」と思ったり、「どうせハッタリをかましているとは思われないだろう」と期待しています)。
あるいは自己防衛のために、むしろ恥ずかしげもなく「知らない」と自分の無知を晒け出すこともあります。
また彼らにとっては、自分だけのテリトリー、つまり自分が責任者となって指導権を握れる場所を持つことも重要です。
知識を習得することで自己価値観が高まるため、学ぶことが大好きです。特定の科目やテーマで自分が高い評価を受けることほど嬉しいことはありません。
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客観的な現実には非常に注意を払っています。物事の道理に反することをストレスに感じます。
信頼できる情報源や統計、事実へのリンクを持ち出して自分の主張を補強したがりますが、「それについて理解する」という観点からそれらの情報を分析することは出来ません。
彼らの天命は、事実に関わる知識の番人になることです。
情報が混沌としていて、全てが不明確な状況には耐えられません。こういう時は、情報を単純化しようとします:「そもそも実際の具体的な事実や数字はありますか?」
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「もしも私の世界に秩序があるなら、私は良い人です。そうでないなら、私は悪い人です」
これは第6機能にTeを持つ人々の非常に重要なコンセプトです。
彼らは、世界であったり、権威ある人物であったりといった、客体のイメージを理想化する傾向があります [4]
つまり、たとえその客体に誤りがあって、そこで語られる事実の多くが疑わしいものであったとしても、客体イメージを理想化してしまったSEEやIEEは、それを実際に存在するものだと見なしてしまうのです。
多くの場合、これらのタイプの人々は何らかの信奉者やフォロワーとなり、それが教え解く「物事の秩序」に従って、あらゆる場所でその秩序を実行しようとします。そして自分がより高い地位に登るために、多くの場合、彼らが信奉する「物事の秩序」と、彼らの行動を受け入れる、「彼らの」部下を採用しようとします。
◆◆◆
「私がオーナーであるなら、私は自分のテリトリーのボスである」というのは、彼らにとって非常に重要な概念です。自分の権威が皆に受け入れられている限り、そのテリトリーの大きさは問題ではありません。たとえそのテリトリーが州全体に及ぶものであろうと、ひとつの部屋の中だけに限られたものであろうと、それ自体は別に構わないのです。
場合によっては、彼らのこうした考え方がコミカルな形で現れることがあります。ある区域の警備員が、個人的な気まぐれで、あなたを入れるか入れないかを決める権利があると考えます [5]。
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私生活において、彼らのこうした点は、「潜在的なパートナーに対する要求の高さ」に繋がります。つまり、彼らが思い描いている理想化した客体イメージ通りのパートナーを演じることを、潜在的に求められることになるのです。
とはいえ多くの場合、彼ら自身も「完璧に理想通りのパートナーを見つけ出すことは不可能だ」ということも自覚しています。
SEEやIEEが信奉する「物事の秩序」を部下が乱した場合、「重大な罪を犯した」と認識します。こういう時彼らは、自分の部下が自分の秩序を破壊したと感じるのです。
もしも自分が上司でない場合、自分の責任の範囲を正確に知りたがることでしょう。そうしないと、他の人の「物事の秩序」に従うことができないかもしれません [6]。
機会さえあれば、人に命令するのが好きなほうです。彼らが誰に命令するかは、彼らのテリトリーがどこまで広がっているか次第です。テリトリーによっては親戚に命令したがるかもしれませんし、あるいは部下に命令したがるかもしれません。
第5機能 Te(ESI, EII)
事実や数字といったものを簡単に信じてしまい、それ以外のことには耳を貸さないことがよくあります。
どんな状況でも、自分が何をすべきかを知っている場所に留まろうとします。自分の外部を取り巻く物事の秩序に影響されやすいです。ここでいう「物事の秩序」は、政治体制や社会的な規範などであることが多いです。
社会の変化に敏感に反応します:「神よ、どうか私が変化の時代に生きずとも済むよう、お許しください」
常に最高の秩序の方向へと進み、注意深く混乱を避けようとします。彼らは自分が感化された秩序が、いつか変わってしまうかもしれないことを恐れています。そのため例えば軍隊のような、強固な法が存在し、それに全てが従っている仕事に惹かれることもあります [7]。
◆◆◆
彼らにとって重要なことは、自分が慣れ親しんでいる規則や法律に従って環境が常に組織化されていること、この秩序が客観的な現実の事実と矛盾しないことです。
また、誰がどのような立場にいて、何をしなければならないか、どのような書類をどのような目的で集め、どのように記述し、どこに提出しなければならないのかを知っていることも重要です。
主観的な要素が混じることなく、「正しい行動」の解釈がひとつしかない状況が、最も心地よく感じます: 「このような場合は、こうすべきです」
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根底にある問題を真に理解するよりも、状況的な事実を知りたがります。理解が表面的なものになりやすく、単なる表面的なデータや統計、法律や規則の収集に終始しがちです。
長くて細かい説明は好まず、そういう説明をされると、すぐに話をさえぎって「それで実際のところはどうなんですか?」と聞きます。彼らが欲しいのは、すぐに実行可能な解決策や命令で会って、その背景にある理論的根拠を理解したいわけではないのです。例えば「2 x 2 = 4」という、既に確立されたルールに関する情報を彼らは求めています。
専門用語が好きで、彼らが受け入れている専門用語をいくつか使ってみせるだけで、話がすんなり受け入れられることもあります。
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行動規範を破壊する者、たとえば指揮系統を乱す人を好みません。
彼らの場合、特に自分の目で見たり、触れたりして得た「事実」に影響されやすいです。小手先のごまかしのような詐欺ではなく公然と行われている詐欺の場合は特にですが、まやかしの主張や「事実」をならべたてる詐欺に引っ掛かってしまうこともあります。
訳注
- ^ 外向的論理(Te)は、他に「ビジネスの論理(деловая логика)」「行動の論理(логика действий)」と呼ばれることもある。1文字表記「P」はPragmatismの"P"。
- ^ いつ(when)はNiに対応する。
- ^ 事実の関係性を分析すること:Tiを使う活動。
- ^ 世界であったり、権威ある人物であったりといった、客体のイメージを理想化する傾向があります:自分自身や自分の心の中にある理念や能力など(=主体)に対するイメージではなく、自分の外側にあるもの(=客体)に対してSEEやIEEが抱いているイメージという意味。つまり自分自身を理想化することはないけど、他人を理想化してしまうことはあるということ。
- ^ 別のたとえ話をするなら、入国審査で別室にしょっぴかれた時に「ここの担当者は個人的な気まぐれで誰を別室送りにするか判断しているのだろう」と考えるタイプ。
- ^ 仕事の手順として、「Aというやり方が正しい」とSEEやIEEが信じている時に、自分の責任の及ぶ人か否かが分からない人が「Bというやり方」をした場合、SEEやIEEは、その人が自分のテリトリーの中の人(自分が責任を負う対象の人)なのか、そうではないのかを明確化したがる。もしもその人が「Bというやり方」が正しいとされるテリトリーの中の人であって、自分のテリトリー外(自分の責任外)の人であることがはっきりすれば「BでOK」と受け入れることができる。
^ 「物事の秩序」の例として、ここでは法やルールがあげられているが、もっと別のもの、例えば本やネットなど、自分の外の世界から得た知識体系…医学知識、経済論、進化論、心理学、類型理論、イメコンなど様々なもの(特に統計情報や数値データや科学用語を織り交ぜられて語られるものであり、なおかつ、専門家や資格保持者など、世間一般から「その分野における信頼性が高い」とされている立場の人から情報発信されているものであり、それに加えて自分の周囲の人々や物事をうまく説明できているように感じられるもの)もESIやEIIが心底信じ込んで信頼する「物事の秩序」になりうると思われる。
また、この場合、その知識体系に疑問を呈するような人・情報との接触がストレスになるのではないかと思われる(例えばあるESIやEIIがあるイメコンの流派の情報を信頼して、そこで説かれている「適切な」ファッションのルールに従がって生活していたとする。そういう人が、自分の信頼しているイメコンの流派に否定的な別流派の信奉者とイメコン談義をするような状況)。
ESIやEIIによって、こうした例のうちどれを自分の基盤的な「物事の秩序」にするかは異なっているため、法令やルールには無頓着でありながら、統計的な裏付けがあることをひたすら重視するESIやEIIもいれば、その逆もいるのだと思われる。