衝突関係となるタイプ
はじめに
衝突関係とは、ソシオニクスにおいて最も不快で満たされない関係です。
衝突関係のタイプは、「自分の双対タイプの準同一関係」にあたるタイプであるため、一見すると「双対タイプに近い関係のタイプだ」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。
衝突関係は、相性という意味で言えば双対関係とは正反対です。
さまざまな著者による説明
Valentina Meged, Anatoly Ovcharov
最も難しいタイプ関係です。互いに意見を押し付け合い、互いの価値を認めようとしません。そのため互いに抑圧しあうことになってしまいます。
相手のわずかな欠点に気づき、それを大げさに捉えてしまいます。頻繁に、意見の衝突・言い争いが起こります。相手の話を聞かず、相手の主張に耳を貸しません。
また、この関係では、ジョークや誉め言葉も曲解して受け取られます。こういった特徴が、感受性の発達や、相手のニーズ・関心への相互配慮にとってプラスでないことは明らかです。
時間がたつにつれて、関係は悪化していきます。「相手と距離を置きたい」という欲求が絶え間なく起こり、そこから生まれる緊張のせいで、鬱憤がたまっていきます。
◆◆◆
衝突関係は、私生活でも仕事でも困難な関係です。付き合い始めた最初のうちは、一定の心理的距離間を保ちながら、互いに共感を示し、相手の長所を賞賛しあい、自分の関心について話して意見を交わすことが多いです。
しかしもっと密な付き合いをし始めると、互いに苛立ったり、誤解してしまったりします。既存の習慣を守りつつ、すべての変化について事前によく話し合うことが望ましいです。
衝突関係を救えるのは、互いに対する慎重な態度だけです。
I.D. Vaisband
衝突関係のパートナーは、常に互いの嫌なところを突いてきます。そのため実際のところ、この関係は自己発見には適した関係です。双対パートナーと結婚すれば、人は幸せになれます。そして衝突パートナーと結婚すれば、人は哲学者になれます。
衝突パートナーとの最も無難な付き合い方は、心理的な距離を遠めに保ちつつ、礼儀を守り、心の中を打ち明けないようにすることです。もちろんもっと親しい間柄(例えば家族)の場合は、調和などという言葉が出てくることはありえない関係になるでしょう。
しかし両者が離れた距離間を保ちながらコミュニケーションをとれるような場合(例えば同好会などに所属している場合)であり、なおかつ互いのアドバイスに耳を傾け、敬意をもって接することができる場合は、「遠い」友人関係を長期的に維持することはできます。
しかし距離が近くなると、衝突関係では対立を避けられません。
O.B. Slinko
「The key to heart - Socionics」より
衝突関係は最大限の注意と慎重さが必要になる関係です。相手の主導機能(第1機能)は、あなたの最も苦手な機能(第4機能)と一致します。
そのため、相手はあなたが注意を払っておらず、話すこともない現実の側面の情報を、大量に、まるで洪水のように生み出します。
衝突関係のコミュニケーションでは、常に爆発一歩手前のような緊張状態を強いられることになります。情報の代謝の仕方が真逆であるため、衝突パートナーの言葉が文字通り煩わしく感じられてしまい、反発心を感じてしまうことも多いです。
時には関係が改善したかのように見えることもありますが、考えうる限り最悪のタイミングで、突然、相手はあなたを傷つけるようなことを言ってくるでしょう。
相容れない関係であることを自覚し、十分な距離を保ちつつ、衝突しそうなリスクに繋がる言動を慎重に避け続けていれば、円滑にコミュニケーションすることは可能です。
R.K. Sedih
「Information psychoanalysis」より
通常、互いのことを非常に興味深い存在だと感じます。ソシオニクスでは、このタイプ関係のことを一般的に「衝突関係」と呼んでいますが、この関係が「衝突」という言葉通りの関係になるのは、両者が未熟で、なおかつ双対タイプと補完関係にないという低レベルなコミュニケーションしかできない場合に限られます。
◆◆◆
この場合、両者は自分では気が付かないうちに、相手の弱点を突いてしまいます。そのため、例えばルームシェアなどをして二人で生活しなければならない状況は、かなり困難な状況だと言わざるを得ません。
どちらか片方の衝突パートナーだけでも、双対パートナーと補完関係を築けている場合は、状況が好転します。この場合、衝突パートナー同士は互いにポジティブな影響を与えあい、時には利益さえ得ることもできます。衝突関係の相互作用に必要なのは寛容さです。寛容さがあって初めて、満足いく交流が可能です。
伝統的に、ソシオニクスでは衝突関係を「最も過酷で不快な関係」だと見なしますが、筆者自身の研究では、ほとんどの場合そうではないことがわかっています。筆者は長年ソシオニクスの研究を続けてきましたが、A. Augustinavichiute [1] が言うような古典的な衝突を観察したことはありません。
むしろ筆者らの観察と、いくつかの新しい理論を踏まえる限り、衝突関係は準双対関係や活性化関係と同じレベルの快適さに該当する関係であることが示唆されています。
Laima Stankevichyute
「Intertype relations」より
衝突パートナーとのコミュニケーションは、何かにつけて言い争いになりがちです。しばしば互いの最も痛い点、つまり脆弱機能(第4機能)を突いてしまうため、お互いに納得できないことで言い争いが起こってしまい、それに苦しめられることになります。
倫理タイプは、論理タイプである衝突パートナーのことを「自己中心的すぎる」と感じ、逆に論理タイプは、倫理タイプである衝突パートナーのことを「軽薄で、浅はかで、愚かで、悪意さえあるように見える」と感じてしまいます。
◆◆◆
特に、衝突パートナーは、仕事のやり方やリズムという点では全く異なっています。そのため一緒に仕事をしなければならない場合は大変です。
内向タイプは、外向タイプである衝突パートナーのことを「スケジュールを守らないせいで混乱を招いている」と非難し、逆に外向タイプは内向タイプである衝突パートナーのことを「なにかにつけて行動が遅すぎる」と非難します。
自分たちがこうした点で争いやすいことをあらかじめ知っていれば、互いに干渉しあうことなく、適切に仕事を分担できます。
外向タイプは、内向タイプを無理やり活性化させるべきではありませんし、内向タイプは外向タイプのペースを落とそうとしてはいけません。
A.V. Bukalov, G. Boiko
「Why Saddam Hussein made a mistake, or what is Socionics」より
衝突関係は、非常に誤解が生じやすい関係です。機能の位置づけのせいで、相手がわざと難癖をつけているように感じてしまいやすいのです。
それと同時に、衝突関係には欺瞞的な面があります。心理的な距離が遠い場合、特異な能力や、時には美しさ、発言や行動の独創性などで互いを惹きつける性質があります。
しかしそれは次第に困惑や隠れた抵抗に取って代わられていき、やがては公然とした衝突にまで繋がってしまいます。
さらに、このタイプ関係の観察結果が示す通り、どんな推論や説明も、この関係を改善することができません。唯一の方法は、衝突パートナー間の心理的距離を遠ざけることだけです。
衝突関係のコミュニケーションが最もうまくいくのは、衝突パートナーのどちらかから見て双対パートナー、または活性化パートナーがいる場合です [2]。
◆◆◆
衝突パートナーと家族関係である場合、心身症に繋がる可能性があります。一方で衝突パートナーから距離を置けば、人は非常に安心できます。
外的環境の圧力下では、しばらくの間お互いの違いを棚上げして共に仕事ができます。
衝突関係における衝突には、しばしば水面下で静かに起こっているという意味での危険性があります。内向タイプは、限界に達するまで衝突パートナーに対する自分の感情を表に出さない傾向があります。
Victor Gulenko
「Criteria of reciprocity」より
ホスピタリティの混乱:
衝突関係は、相手にとって異常ともいえるような作用をする性質があるため、すぐに互いに注意を引きつけられることになります。
両者の活動分野が違う場合は、全体的に丁寧で友好的なコミュニケーションが行われることになります。特に衝突関係において興味を惹きつけられやすいポイントは、相手が問題を解決するために使う方法です。
より密接に交流しながら仕事をすると、互いに相手の行動が混乱しているかのように見えはじめ、苛立ちが募っていくことになります。苛立ちが限界を迎える前に距離を離せない場合は、衝突が起こるかもしれません。
◆◆◆
第三者の存在によって、意見の相違は加速します [3]。
衝突関係のタイプ間にある基本的な特性の違い(完全に正反対な違い)は、1対1でのコミュニケーションをしても解消されることはありませんが(これは原則的に不可能なことです)、それでも、ある程度は抑制され、しばらくの間は無視され、内面化されます。
外部の影響から最大限に隔離されれば、衝突関係はより融和的になります。
衝突ペアは、互いの好みや習慣、意思を事前に話し合う体制が整っている場合に限り、一緒にいることができます。
もしも内なる感情的な緊張を解放するための捌け口がない場合は、あからさまな衝突にエスカレートしてしまうのを避けられません。衝突パートナー間では、あいまいな態度や仄めかしは通用しません。
生活リズムがしっかりしていて不変であれば、関係の安定性が増します。
衝突関係の場合「明らかに性格が違いすぎる」とお互いが感じます。それでも通常、両者は理性を無理やり発揮して、なんとか一緒にいることができます。ただしこれも、内面的に生じる否定的な感情を抑圧し続けられなくなると破綻してしまいます。
衝突関係にあるパートナーからのアドバイスは、わざと誤解を招こうとしているように見えたり、非論理的なものに見えてしまいます。
仕返ししたい気持ちを我慢したり、相手の信用を傷つけそうな言動を避けるために、自分を抑えなければなりません。
衝突関係とは、独創的かつ大胆なイニシアチブを阻害し、全ての「空想の旅」を消し去ってしまう関係です。
この関係は、そういったものよりも、もっと保守的で日常的な価値観に、人の目を向けさせます。
すでに手順や展開の仕方がはっきりしていて、過去に成功したことのあるプロジェクトにおいてのみ、有意義な協力ができます。
協力関係に必要なのは、あまり変化がなく、厳密な形で物事が進行する、安定性の高い環境です。この関係では、両者は既存のバランスを維持したいと感じます。そして、このバランスを変えるような予想外の出来事を、かなり否定的に捉えます。
生活様式を新しいものに切り替えることは非常に困難です。これは、ほとんど天災のようなものだと感じるかもしれません。だからこそ両者は、何が何でも変化に抵抗し、古いやり方に固執してしまいます。いよいよどうにもならないことが分かった時だけ、新しい道を模索します。
二人の間で連携が取られることはありますが、それはあくまでも短期的な連携に限られます。ただし、この間に関係性が大きく前進することはあります。また、両者の違いがより先鋭化する場合もあります。
衝突関係にあたるタイプの人と接近した場合、人の心の中には即座に内的緊張が生じます。これは外的状況次第で、より強く表れます。冗談や軽口で緊張がほぐれることもありますが、悪い場合は口論や激しい衝突が起こります。
◆◆◆
付き合う上でのアドバイス:
衝突関係は、内なる緊張を引き起こす関係です。時間が経過するほどに不安が増し、苛立ちを感じるようになります。
お互いに協力して、自分たちの仕事を厳密に分担し、決まったスケジュールで実行するようにしてください。タスクの合理化を試みるのも有効です。それによって神経質になったり、否定的な感情を心の内に寄せ付けないようにできるだけではなく、余力を家事やレジャーなどの有益な活動に向ける役に立つからです。
ユーモアやジョークで互いの気分を盛り上げてみるのもいいでしょう。ただしジョークを言う時は、慎重に考えてから言うようにしてください。また、皮肉は避けるべきです。
もしも限界まで緊張が高まったと感じたら、相手から距離をとるようにしましょう(例えば別の部屋に移動するなど)。
仲介者としてであっても、第三者を入れないほうが無難です。二人で家事をするのは良いことですが、二人で同じ作業をするのは避けてください。サプライズや空想的な話、真新しい物事は、否定的に受け止められることが多いため、避ける方が無難でしょう。
相手に誠実であり続けることを忘れないでください。恨みや反感を感じても、意識してそれを抑えるべきです。
二人の関係の中であった最も楽しい瞬間を祝うための、伝統的な儀式を取り入れてください。
最も困難な時にこそ、助け合うようにしましょう。そうすれば、外的圧力や逆境に立ち向かい、共通の利益を追求するために、今何をするべきか、どうすれば効率よく動けるのかが見えてくるはずです。
V.V. Gulenko, A.V. Molodtsev
「Introduction to socionics」より
衝突関係は、水面下で衝突が起こる関係です。ソシオニクスという観点から見た場合、両者の相性はかなり悪いですが、通常この相性の悪さがすぐに表面化することはありません。それよりも、自分が苦手な特性や思考様式を高度に発達させている衝突パートナーに対して、畏怖の念を感じることのほうが多いです。
一見すると「色々あったけど最終的には良い関係を築けた」という状態におさまりそうな関係に見えるかもしれませんが、そこに至るまでには何度も失敗を繰り返すことになります。共通言語を見つけ出そうとする試みを邪魔する誤解の原因は些細なものであることが多いです。そのため「誤解は簡単に取り除くことができるだろう」と思うかもしれませんし、「ほんの少し努力すれば相互理解に至れるだろう」とさえ感じるかもしれません。
◆◆◆
衝突関係では、どうにかして相手から好意的に受け入れられたいという無意識の欲求が根強く続きます。しかしその試みは、断崖の縁を歩くようなものであり、常に崖の下に転落する危険、つまりうんざりするような喧嘩を引き起こしてしまう危険と隣り合わせです。
衝突パートナーと喧嘩をすると、互いに自分の最も弱いところを突きさされることになります。これは避けることはできません。相手を納得させたい、自分の考えていることをきちんとわかってほしいという欲求に苛まれますが、衝突パートナーは「まるでわざと理解しないようにしているのではないか」というくらい、なかなか理解してくれません。これは最終的には激しい内面的な怒りと、神経症的な感情を引き起こしてしまいます。
◆◆◆
衝突関係の中でも最悪のポイントは、相互の助け合いが行われない点です。外部の攻撃や脅威から互いを守ろうとしても失敗してしまいます。この場合の相互の助け合いや、脅威から互いを守るというのは、「口で何を言うか」という意味での話ではなく、「パートナーの明確な弱みを補い、サポートするような仕事を実際にできるかどうか」という意味です。
こうした特徴のため、衝突関係はしばしば安定感に欠けています。これは敵対的といえるような関係下におかれた場合、特に露呈しやすい問題です。
衝突パートナー間で互いの共通点を見つけ出そうとする試みが長く続くかもしれませんが、その後、相手から別れると、しばしば安心感を覚えます。
Ekaterina Filatova
「Art of understanding yourself and others」より
衝突関係の場合、互いの強力な第1チャネルのエネルギーが、相手の脆弱機能である第3チャネルに降り注ぐことがあります [4]。この関係は、決して楽しいものではありません。
心理的な距離がかなり遠く離れていて初めて、相手に共感できます。自分にとっての最も傷つきやすく、自信のない領域が、相手にとっての強い機能であるため、最初は相手に魅力を感じる傾向がありますが、距離が縮まると、遅かれ早かれ自分の脆弱機能に負荷がかかってしまいます。そして、その負荷を避けようとして、距離を置こうとすることになります(なお、衝突関係は対称的な関係であるため、あなたがこう感じるのと同じことを、相手も感じています)
Eugene Gorenko, Vladimir Tolstikov
「Nature of self」より
衝突関係の本質は、互いに知らず知らずのうちに、互いの精神の最も弱いところ、最も傷つきやすいところを傷つけてしまうところにあります。これはもちろん両者にとって非常に不快なことです。
しかしながら一定の距離を保てるのであれば、衝突しない範囲で付き合い続けることは十分できます。距離を置くことで衝突から解放されるため、完全に正常な関係を維持することができるのです。
Sergei Ganin
衝突関係は、内向/外向が異なるタイプ同士の関係であり、対称的な関係(監督関係や要求関係とは違い、片方のパートナーから見た場合と、もう片方のパートナーから見た場合が同じ関係)です。関係性の進展の仕方は不規則です。
◆◆◆
この関係では、常に衝突が起こります。ソシオニクスの全タイプ関係の中で、最も相性が悪い関係です。しかし特に関係の初期段階においては、この相性の悪さは、そこまではっきりとした形では表れません。
それどころか、相手が魅力的で、興味深く、素晴らしい能力を持っている人物に感じられます。通常、両者は共に「この人とは極めて平和的な共存ができるだろう」と強く感じますが、少し交流するだけで、すぐに上手くいかない部分が出てきてギクシャクし始めます。ここで上手くいかなかったりする原因は、些細なことがほとんどです。そのためすぐに問題解決できると勘違いしてしまい、もう少し努力すればきっと状況は好転するだろうと考えてしまいがちです。
しかし残念ながら、二人の関係を今以上に進展させようとする試みは、やがてパートナー間のあからさまな衝突へと繋がっていってしまいます。
衝突パートナー間で対立が起こると、両者は相手の最大の弱点を抉りあうような言い争いをし始めます。その応酬が続くうちに、両者はどんどん攻撃的になっていくため、対立が起きるたびに二人の関係性はどんどん悪くなっていきます。
衝突関係の場合、片方のパートナーにとっての自信のない領域が、もう片方のパートナーにとっての自信に満ちた領域になります。それにもかかわらず、相手の弱みを守り、ケアすることはできません。
◆◆◆
上記のような特徴があるため、衝突関係には常に考え方の相違と失望が付き纏います。
もしも安定した関係を求めて様々なことを試し、それでもどうしても上手くいかず、最終的には諦めてしまって相手との交流を断ち切った場合、まるで救われたような、解放されたような気持ちになることでしょう。
衝突関係の理論的特性
衝突関係では、片方のパートナーの自我ブロックの機能が、もう片方のパートナーの超自我ブロックの機能に対応しています。
超自我関係とも似ていますが、超自我関係の場合、1-3、2-4が対応関係にあるのに対し、衝突関係の場合1-4、2-3が対応関係にあるという点で異なっています(数字は機能の番号です。1-4の場合、片方のペアの第1機能と、もう片方のペアの第4機能が対応関係にあることを意味しています)。
これは、つまり互いに相手の脆弱機能(第4機能)に対して、大量の言語的情報を発信することを意味します。人はそのような大量の情報を素早く消化することは出来ないため、思考プロセスのまとまりがなくなってしまい、乱れてしまいます。
また二分法の合理性/非合理性の違いから、超自我関係よりもずっと行き当たりばったりで、ぎこちない関係になりやすいです。
◆◆◆
衝突関係は、ユング二分法の全てが異なる組み合わせです。例えばSLI - EIEは衝突関係ですが、SLIは内向、感覚、論理、非合理タイプであるのに対して、EIEは外向、直観、倫理、合理タイプです。
距離が離れている場合は、互いに興味を感じるかもしれませんが、近づくにつれて自分たちの動機や視点の根本的な違いに気付くことになります。
状況ごとに可能な限り、最大限形式的で表面的な交流に留めることしか、この違いに起因する不和を回避する手段がありません(そして衝突関係にとって最も自然な心理的距離は、かなり遠く離れたものです)。
やむを得ず交流しなければならない場合、たとえ両者に好意があったとしても、気まずい誤解やモヤモヤする感覚に悩まされることが少なくありません。
この関係は、仮に長い間付き合っていたとしても、相手の動機を微塵も理解していないという場合があります。そのため真の意味での協力的な関係や、親密な関係を築くことが難しいです。
職場やその他の公的な場において、衝突関係に当たる人に接する際、礼儀正しさ、友好、好意を露骨に示して見せることは、一般的にかなりよく見られる傾向です。その過程で、通常互いの脆弱機能(第4機能)に刺激を与えることになりますが、それは相手に不信を与え、引きこもらせるだけに終わってしまいます。
双対関係の場合、脆弱機能(第4機能)ではなく、暗示機能(第5機能)に刺激を与えることになります。暗示機能は、他者の関与や支援を歓迎する機能です。衝突関係の場合(脆弱機能に刺激が与えられる場合)と、双対関係の場合(暗示機能に刺激が与えられる場合)とで、いかに様相が異なるかを理解できるかと思います。
◆◆◆
衝突関係の場合、両者の人生の目標は異なっています。そのため、両者が求める求める利益や、害と見なす物事、それに伴う関心の方向性もかなり異なっています。
自分にとっての利害や関心事項について話し合うことが、交流のきっかけになることがあります(ただしこの交流はプライベートな交流というより、もっと公的な色彩の強い交流になります)。この場合、一般的に見れば交流を阻害するような社会的要因があったとしても、それに妨げられることなく交流できるかもしれません。