エニアグラムの生得本能(本能のサブタイプ)判定の際、「寝食を重視する人は自己保存優位」「寝食を軽視する人は自己保存優位ではない」という観点で自己保存本能が優位か否かを判断するケースがあります。しかし、この考え方には誤解を招く点があり、これが生得本能の誤認に繋がることがあります。ここでは、その誤解の原因を解明し、自己保存本能の意味と、自分(あるいは誰か)が自己保存優位かどうかをどのように見極めるべきかを整理します。
なお本記事はエニアグラムにもソシオニクスにも関心がある方向けに、巻末の参考資料とソシオニクスの知見を基にして、本サイト管理人が作成した記事です。ソシオニクスに全く興味がない方にも、エニアグラムの自己保存本能を理解するうえで参考にしていただける点はあると思いますが、ソシオニクスの用語解説を行わない都合上、少しわかりにくいかもしれません。
「寝食重視=自己保存優位」の問題点
「寝食重視=自己保存優位」の考え方には問題があります。まず、「寝食を重視するかどうか」を自己保存の指標とする見方について考えてみましょう。このアプローチは、自己保存が「健康や快適さを守ること」と結びつけられやすいため、一見合理的に見えるかもしれません。例えば、ソシオニクスのSEIやSLI(先導機能がSi)は、体調や快適な環境を大切にし、食事や休養を重視する傾向があると説明されることの多いタイプです。同様に、エニアグラムのタイプ9の自己保存サブタイプ(SP9)も、食事や睡眠、読書などの日常的な活動で安心感を得る様子が描かれています。このような場合であれば「自己保存」の典型的なイメージと重なります。しかし、こうした習慣のみを判断基準にした場合、いくつかの問題が生じることがあります。
一つ目の問題は、表面的な行動だけで本能が優位かどうかを判断することはできない点です。自己保存本能は、単に「寝食を重視する」といった習慣に留まるものではなく、もっと根深い「生存や安全への強い執着」から生まれる欲求です。例えば、タイプ7の自己保存サブタイプ(SP7)は、現在の快適さや健康的な生活リズムを重視するよりも「将来の人生設計」や「自分のビジョン」を守るために、寝食を犠牲にすることもあります。こうした行動は一見「寝食を軽視している」と見えるかもしれませんが、その背後には「将来にわたって自分の生活基盤を守りたい」という強い自己保存の意識があります。このSP7の中では、「将来の人生設計」や「自分のビジョン」は、毎日何時に眠るか以上に「自分の人生全体における生存や安全」に強く影響する要因なのです。つまり、寝食軽視の姿勢は結果に過ぎず、自己保存の優先度が低いことを示しているわけではないということです。
二つ目の問題は、個々の人(例えばソシオタイプ)によって自己保存本能が現れる形が異なることを無視してしまう点です。例えば、ソシオニクスのEIEやLIE(Siが脆弱機能であるタイプ)は、健康や快適さにあまり関心を持たず、しばしば寝食をおろそかにします。しかし、これは彼らが長期的なビジョン(Ni)を優先する傾向によるものです。自己保存本能が優位であり、そのビジョンが「自分の人生全体における生存や安全を守るためのもの」と認識される結果、「自己保存への執着=身体を酷使すること」となる場合があるということです。これは、一般的にイメージされる自己保存本能の表れである「体調や快適な環境を大切にし、食事や休養を重視する」という姿とはまったく異なります。このように、自己保存本能の現れ方は個々人によって大きく異なるため、安易に「寝食を軽視=自己保存が弱い」と結論づけるのは誤りです。
三つ目の問題は、自己保存本能の健全さと不健全さの影響を考慮しないことです。エニアグラムでは、自己保存本能が不健全な状態になると、「快適さを守る」どころか、自己破壊的な行動(例えば、過食や睡眠不足)に走ることがあります。例えば、SP7が目につく「ほんの少しの利益につながるかもしれない機会」全てに過剰に執着し、過酷な働き方をしたり、罰則を恐れずに法律や規範を無視して危険を冒すのは、生存への執着が行き過ぎた結果です(これは生得本能セクシャルの「激しい体験を求める」とは異なります)。つまり、寝食や安全(罰則の恐れがないという意味での安全)を軽視する行動が、自己保存本能の強さを示している場合もあるのです。この歪みを無視すると、本能の本質を見逃してしまいます。
自己保存本能とは何か
エニアグラムにおける自己保存本能とは、「自分が生き延び、安心して存在するための基盤を守る」という欲求のことです。これは単なる健康管理や快適さの追求にとどまらず、「自分自身を維持するためのもの」への深い執着を伴います。例えば、SP9は日常のルーチンに安心感を見出し、SP7は人脈や資源を確保することで生存を支える傾向があります。また、エニアグラムの自己保存本能と混同されがちなソシオニクスのSiタイプ(Siを重視するタイプやSiが強いタイプ)は、典型的には「身体の感覚や快適さ」に重点を置いたり、それらを維持することに長けていますが、エニアグラムの自己保存本能は「生存への動機」に根ざしており、その表れ方は個々の人や状況によって大きく異なります。
重要なのは、自己保存が「何を守ろうとしているか」という点です。自己保存本能が必ずしも健康や快適さの維持に直接結びつくわけではありません。例えば、EIEやLIEが自分の「ビジョン」を守ることを自己保存の基盤と見なす場合、そのビジョンを守るために寝食を犠牲にする行動は、自己保存が弱いわけではなく、むしろ強い証拠だといえます。このように、自己保存本能は外面的な行動だけで測るのではなく、内面の「自分の生存を支える土台を守ろうとする欲求」の強さに注目するべきです。
自己保存本能が優位かどうかを判断するポイント
自己保存が優位かどうかを見極める際に、「寝食を重視するか」といった表面的なことに注目するのではなく、以下の点に焦点を当てるべきです。
「生き延びる基盤」をどこに求めているか
自己保存が優位な人は、自分が失ったら困ると感じるものに強く執着します。例えば、自己保存本能が優位のタイプ9(SP9)は日常の快適さに、タイプ7(SP7)は人脈や資源に、あるいはソシオニクスまで考慮に入れるのであれば、EIEやLIEはビジョンに執着することが多いです。自分が何に「生き延びる基盤」を感じているのかを見極め、そのためにどれほど心が動くかを観察してみてください。
不安や恐怖がどこに向かうか
自己保存本能が強い人は、「自分の生存が危うくなる」ことに敏感です。例えば、資源が減ると不安で動揺する(SP7)、日常のルーチンが崩れると落ち着かない(SP9)などです。このような不安の強さが、その人の自己保存本能の優位性を示しています。
歪んだ形で現れていないか
自己保存本能が不健全な状態では、守るべきものを逆に壊すような行動が見られます。例えば、過食や過労、他人を利用する行動が「自分の生存を支える土台を守りたい」という欲求の裏返しである場合、自己保存本能が強い可能性があります。行動自体が客観的に見てその人の生存に有益か有害かに関わらず、その背後にある執着心に注目することが大切です。
他の本能との比較
エニアグラムでは、自己保存本能、ソーシャル本能、セクシャル本能の3つがあり、どれが最も優位かが重要です。たとえ寝食を軽視していても、ソーシャル本能(承認への強い執着)やセクシャル本能(没入するような深く激しい結びつきへの執着)に比べて、「自分の生存を支える土台を守ること」への執着がより強ければ、自己保存本能が優位だという推測を立てることができます。
まとめ
「寝食を重視するかどうか」で自己保存本能が優位かどうかを判断すると、表面的な行動にとらわれて本質を見失う可能性があります。自己保存本能は、生き延びることや安心を求める強い欲求であり、その表れ方は個々の人や状況によって異なります。例えば、ソシオニクスのSEIやSLIや一部のタイプ9の自己保存本能の現れ方は「典型的な自己保存の表れ」に近い一方、一部のタイプ7やEIEやLIEはビジョンや資源に重点を置きます。自己保存優位かどうかを知るためには、「何に生存の基盤を置いているか」「どんな不安を強く感じるか」「どんな歪みが見られるか」をじっくり見極め、他の本能との関係も考えることが重要です。
参考資料
- Don Riso and Russ Hudson (1996), Personality Types: Using the Enneagram for Self-Discovery
- Beatrice Chestnut (2013), The Complete Enneagram: 27 Paths to Greater Self-Knowledge